孤軍奮闘

通常の学校の中では,特別支援学級は孤軍奮闘です。率直なお願いやら特別支援学級の事を考えた意見を言ったときは,むなしく空き缶を転がした音がします。

 

自分のことばかり考えている,人数が少ないからそんなことができる,などと思われることもあるでしょう。私の偏見かもしれません。それほど深く考えられていないのかもしれません。

私の担任している子どもたちや保護者は,自分の本当の気持ちをすべて出すことはできません。代わりに私が発言しなければ誰が言うのでしょう。そんな思いをもちながら仕事をするのは、厳しいです。だからこそ、特別支援に携わる者は覚悟の上でなって欲しいのです。仕方ないから担任になったというのには、厳しいです。

つい熱くなってしまいましたが,自分のできる範囲で精一杯行うことが大事だと思っています。微力でありますが・・・。

たくさんの引き出しをもとう!

特別支援の教師にとって一番何が必要かと問われることがよくあります。

まず,子どもの実態をよく見ること、「実態把握」それが一番だと思います。

そしてその次にその実態にいかに合う方法で,実行できるかということです。実態把握までは,割とみなさんよくおっしゃるのですが,課題に向けた方法については言及されないことが多いです。なぜなら個々によって違うからです。

実際には,自分のもっている引き出しの多さが活かされます。

今回はそのたくさんの引き出しについてお話しましょう。

引き出しというのはアイディアと対応力ですね。

たとえば突然にパニックになって大声を出し始めた子どもがいるとします。その時どうしますか。

多分まずはパニックを治めるために声をかけるでしょう。いきなり変わったアイディアを出す必要はありません。「落ち着こう。」とか「深呼吸してみよう。」とかですね。そして「ちょっと向うに行こうか。」と声をかけてあげたらいいですね。

それでも無理なら,他の子どもたちを外に出させて一人にして話しかける,子どもの興味の持ちそうなものを出したり,違う話をしたりします。どんなに子どもがパニックになっていても落ち着いて話すことが大事だと思います。

しかし,時と場合によれば,多分レアなケースですが,こちらも大声を出して対応することで効果があることもあります。先生がパニックになっているように見えるので自分が落ち着いてくるわけです。「先生,大丈夫かな?」と心配してくるわけです。いつも教師が正当な姿を見せることは大事ですが,それもやすみやすみにしていないと子どもも息がつまります。教師というのは本当に自分の持ち札つまり「引き出し」が多いということが大事です。そしてその場に応じてどれだけの種類の方法が出せるかということです。アイディアだけもっていても使えないかもしれません。そのアイディアは経験や学習(講演会,本)で培われていくものです。よく勘違いされるのは,本で読んだからといって,唐突に試してみる方がおられます。絶対してはいけないということはありませんが,実験される子どもはたまったものではありません。

子どもの事を考えて実行し,失敗も経験して,それをばねにしていける教師は,それだけ強いです。真剣に向き合っていくのなら,たとえうまくいかなくてもその体験は活かされていきます。

本当に必要な時に使えればちょうどいいということです。それ以上でもそれ以下でもありません。

引き出しの多さと実践力が大切です。

固定観念でこりかたまっていたらうまくいきません。

そしてある程度その方法をためしてみて効果がないときは思い切って方向転換する柔軟な姿勢も大事です。

 

アサーション

先輩から聞いていた言葉だったが

今一つぴんとこなかった。

今日何気なく読んでいた雑誌に詳しく書かれていて

アサーションとは,

『「自分や他者の欲求・感情・権利を必要以上に阻止することなく

自己ひょうげんすること」

言い換えれば,相手を立てつつ自己表現することを意味する』

と書かれていた。

これは,かなり難しい。

すべての人がこれをマスターしたら

平和な世の中がやってくるだろう。

 

自己中心的な考え方は悪くないと自分では思う。

人類は自己中をしながら発展してきたのである。

しかし,相手を立てるということが自分にとって

有益であることに気づいていない人が多い。

他人の不幸は蜜の味と良く言うが

他人の不幸がまわりまわって結局自分にかえってくることが

しばしばある。

ゆえに自分の事を深く考える人は,

人にも優しくできるのである。

そんなふうに考えていくと

アサーションも納得できるのだが,

間違っているだろうか。

参考文献:「授業力&学級統率力2015年1月号,明治図書」

多角的な視点

なんだか難しそうなタイトルですが,

特別支援には,この「多角的な視点」は重要だと思っています。

「特別支援教育」というものすごく広い言葉を前にすると

何から手をつけたらよいのかわからなくて

気が遠くなるのを感じます。

私もそうでしたが,何か自分の専門を決めようということになりがちです。

それは,当然のことで,悪いことではありません。

お医者さんにしてもすべての医学的な専門知識は学ばれますが,

どの病気も治してしまう,オールマイティの方はいらっしゃいません。

あらゆる医学の分野の中から特化してお仕事をされている方がほとんどです。

 

しかし特別支援の場合は少し違います。

私は,公立の学校の一教員です。

どんな特性をもった子どもを担任するかわかりません。

当たり前の事ですが,子どもを選ぶことをしてはいけません。

たとえば自分が特別支援の中である分野のことを研究して

とても詳しくなったからといって

自分の担任する子どもにそれがぴったりあてはまるとは限りません。

当てはまらなかったら,今まで得た自分の知識など

全く役に立たたないのです。

 

そうであるなら,どうしたらよいか。

まずひとりひとりの「子ども」を見つめましょう。

そして子どもの実態をしっかりと把握して、

有効な指導法なり,手立てなりを考えます。

その際には,特化した分野を子どもに当てはめてはいけないことを

わかっていなければなりません。

確かにすべての特別支援の分野に詳しくなればそれにこしたことはありません。

現にすべてを網羅されているとご自分で豪語されている先生もいらしゃいますが,

私は,もしそれが本当ならば

その方は「「神」だと思います。

 

同じ子どもは一人としていません。

以前担任したあの子に有効だからと言って

今担任しているこの子によい手立てとは限らないのです。

少し知識を得たからと言って

おごってはいけないと常に

自分に言い聞かせています。

ひとりひとりの子どもに対して真っ白な気持ちで真剣に向き合うこと,

常に多角的な視点をもつこと

忘れてはいけない大事なことです。

 

 

支援のはずし

特別支援教育では,支援を行うことやどんな支援ができるかなどは

かなり言われ続けているが,

意外と難しいのは,支援をはずすことです。

一生,支援を必要とする場合もあるので,

はずすことがすべてにあてはまるとはいえませんが,

それでもこの世の中自分だけを支援してくれる

というのは不可能です。

その不条理な世の中を生き抜くためには

可能であるならば

いつかは支援をはずさなければいけません。

その時期と方法は,よく熟考される必要があります。

だから支援,支援と言われていますが,

支援なしで活動を行うことができるのであれば,

それにこしたことはないことを

お忘れないように。肝に銘じて~。

成長

先日,一年前の子どもたちの

写真を見ることがありました。

毎日見ている子どもたちは

大きく変わっているようには思えないのですが・・・

一年前の写真を見ているうちに

そういえば去年はこんなことはできなかったけど

今年はいつの間にかできるようになったなぁなんて

思う事柄がたくさんありました。

気が付かないうちに成長しているのですね。

人間は,障害のあるなしにかかわらず

少しずつ少しずつ大きくなっています。

子どもたちの成長を実感して

ちょっと嬉しいひとときでした。

 

新年度

学校では,新しい年度が始まりました。

子どもも大人も新しい環境に慣れるのが大変です。

前に出来ていたことが出来なくなって

前の先生と比べて今度の先生は・・・

などと噂が飛び交う時期でもあります。

しかし,冷静に考えてみてください。

ずっと同じ環境で過ごすというのは不可能です。

いつかは,新しいところに行かなければいけないのです。

確かに特別支援対象の子どもは,変化に戸惑うことが多く,

新しいことを受け入れるのにとても時間がかかります。

でもその不安を煽る理由はどこにもなく,

むしろそんな特性の子どもだからこそ

安心させてあげる必要があるのだと思います。

もちろんイラストや絵で示して予定を話し,

安心できるお子さんもいらっしゃると思いますが,

必要以上に用意をせずに(なかなか予定通りにいかないことが多いので)

「大丈夫!」と言ってあげるだけで

その魔法で,「大丈夫」になることが多いです。

変化に強くなることが,人生を謳歌するための

必要な要素の一つになるのかもしれません。