苦労は平等

どの仕事をしても色々な苦労があるでしょう。時には大失敗をして土下座ぐらいはしないといけないこともあると思います。

しかし苦労は,トータルで平等ではないだろうかと思っています。中には羨ましいと思えるような順風満帆に見える人も実は心の闇をかかえているかもしれません。「若いときの苦労は買ってでもしろ」とよく言いますが,そうとも言い切れないというのが持論です。

若いときに苦労する人もいるし,年齢を重ねてから苦労する場合もあります。確かにある程度年をとってからの苦労はきついのかもしれません。でも仕方ないのです。その時その時を一生懸命生きていたら,苦労は勝手にするものなのです。苦労はしようとしてするものではありません。そして人によって違います。いつするか,どういう形でするか,いずれにしても苦労はします。そして苦労が一度に押し寄せてきたらつぶれてしまう場合もあります。そうならないように事前に備えておきたいですが,備えてもだめな時はだめです。

教師という仕事も他の仕事と同様に,ぎりぎりの線を探る匠な仕事だと思っています。押しが強すぎてもだめだし,弱すぎてもだめです。去年と同じやり方でもだめだし,人の真似でもだめです。自分なりの方法で子どもを見ながら,探って試して進んでいく。そしてやはりだめな時はだめなのです。最後まであきらめたくない気持ちはありますが,あきらめることも大事です。その時は人に助けてもらいながら進んでいく。そしてまた次は誰かを助ける、そうやって教師を続けていくことが大事だと思います。そうすれば,自分一人でやっているなどと傲慢なことは思えません。みんなで力を合わせてやっているのです。それが分からない人は一番教師の資格がないと思っています。

中には天才肌で,イチロー選手のように生まれながらにしてその道のオーソリティといったセンスを持った人もいるでしょうが,そういう人こそ努力を怠っていません。そしてそんな人はめったにいません。凡人の人間が自分なりに努力をして毎日を送っていき,苦労に苦労を重ねて本物の教師に近づいていくのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です